衝撃の出来事 

肺炎 交通事故
尋常性白斑 記録日記←クリック 2016年12月1日(木)

肺炎記  交通事故記   日帰り手術記    

 肺炎記

1999.2.5 (金)
 その日ダンスメンバーは発表会に向けて懸命のレッスンを繰り返していた。
 スタジオは汗と熱気とダンス音楽で全面ガラスがくもるほど。3時間 私の声がわれんばかりに響いている。
2/6 (土)    
 いつもなら休みの日だが、メンバーの熱意と情熱が疲れた体を奮い起こしスタジオ入り。
 咳がずっと続いている、体が重い・・。
2/8 (月)     
 午前中 胸が痛むほどの咳を繰り返し、それでも大好きなダンスを放棄出来ず、ドラムのリズムが体を奮い立たせる。
 午後はスイミングの授業。水着に着替える事がとても辛く感じられ、冷や汗が流れてきた。とても水に入る気分では無い。
 早く交代のコーチを探さなければ・・。そう思いながらコーチルームに入った途端、腰が抜けるほどのけだるさが襲ってきた。
 マネージャーが尋常ではない私に気付き、すぐ帰宅を言い渡される。
 一旦家に戻り 行き付けの個人内科病院へ。生まれて初めて40.5度の熱。レントゲン撮影後 即入院を勧められ紹介状を渡され
 うろたえるだけの母の言葉「あんたが入院したら私はどうなるのぉ〜」は聞こえない事にして、バックに着替えを押しこみ
 会社の主人に電話で伝え、外の真冬の寒さの中 熱と汗でぐっしょりなりながら自分で運転して某記念病院へ。
  「よく一人で来たねー」と看護婦さんに支えられ個室へ・・・。
2/9 (火)      

 検査結果が出た。    マイコプラズマ菌  白血球 19,700  97%  CRP(菌の数) 11,8  体重 42,4kg
2/10 (水)
 朝一の点滴で新人看護婦のAさん。 今まで必ず名前を呼んでから点滴するのに Aさんは何も言わず側へ来た。
 新人らしいからしょうがないな・・・と思いながらも、何となく不安な空気・・。
 針を刺す手ももどかしい。 やっとの思いで針を刺し点滴の落ち具合を何度も見直しておもむろに廊下へ・・・。
 私は何気なく点滴の袋に書かれてある名前を確認しようとしたが、偶然にも反対側に隠れている。
 静かな部屋・・・一滴一滴落ちる点滴を見つめる・・・・・。

  そこへ・・・。
 ノックもせずいきなりさっきのA看護婦が血相を変えて入ってきた。
  ”やっぱり・・・” そう思った・・。
 黙って側へ来て点滴の落ちるのを止め、真っ赤な顔をして針を抜く・・・。
  「間違ったの?」
 私の言葉に黙ってうなずき廊下の方を見つめ誰かを待っている。
 
 力強くドアが開いた。 主治医のO先生と主任看護婦。 A看護婦はその少し後ろへ回った。 
  「申し訳ありません、手違いで隣りの患者の点滴を・・・」
 主治医はそう言うと、手に持っている隣りの患者のカルテを読み出した。
 説明によると、腰痛と神経痛となんだか解らない名前の薬・・・。
 だから、心配はないとの事・・・・・”そう言う問題じゃ”・・・・・。
  「最近新聞やニュースで点滴投与の間違いで亡くなられるのを耳にしているので、とうとう私も・・・って思いましたよ・・・」
 少し微笑ながら言った私に、ホッとしたような顔で
  「はい、そうですね申し訳ありませんでした。絶対体には影響のない薬ですので・・」
 3人ともかなり頭を低くしてしっかり謝ってくれたので、納得しました。
 それを夕方主人に話したら
  「アメリカならすぐ弁護士が現れて裁判だな。しかし・・・神経痛とはなぁ ハハハ・・・」
 で終っちゃった。
2/11
 今日は私の誕生日。思い出の誕生日(笑) 何事もなく静かな・・・・・いえいえ・・・。
 咳が続きかなり喉を痛めいるらしく、血痰が出る。 気管支に傷が付いているとのこと。 咳止めの強い薬を日に3回。
 この薬 便秘になる事が多いと聞いたけど、咳を止めることの方が先なので真面目に飲む。
 菌の数値が下がってきた。 CRP11,8→9,6   
 誕生日のお祝に駆けつけてくれたダンスメンバー。 お礼に?ダンス発表会の復習と振り付けをベットの上で踊っちゃった。 
 私がいなくても引継いで決行してくれる意気込みに感謝。。 
2/12
 肋膜炎の右肺が痛い・・・。
 主治医のO先生が 「肺の音を聞きたい?」 と言って下さったのでベットに寝たまま聴診器を貸してもらった。
 息をするたびに肺の中に生き物がいるような・・・エイリアン? ガサゴソガサゴソ蠢いている。
 それが聞こえなくなるまで安静に・・・。
2/13
 毎日なんだかんだあるけれどこの日の午後も・・・。
 今日の看護婦さんは新人とは思えなかったけど・・・・点滴の針を刺しながら・・・。
  「・・・・・あれ?・・・・・あ・・・・・・・貫通しちゃった。。」
  「おーーい、頼むぞーぃ。 まぁ、人の点滴うたれるよりマシだけどね」
  「それ聞きましたよ」
 あの後、キツイお達しがあったようだ。
2/14〜16
 順調に?入院生活も進み、血液検査で 陽性から陰性に。 レントゲンの影も薄くなってきた。
 しかし・・・便秘になると聞いていた咳止めの薬・・・完全な便秘・・・3日間分・・・。
 なんとしても どうやっても いくらなんでも 出てこない・・・・・生まれて初めての浣腸・・・・・。

  「どうですかー、出ました〜?」
 密室の向こう側から声がかかる・・・
  「無理みたいです、こんな事初めてですよ〜、どうしよう・・・」
  「わかりましたー。じゃー浣腸しますので一度出てきてもらえますかー」
 浣腸・・・聞いた事あるけど見た事もない。 スムーズに出てくれるなら経験してみようか・・・。
 廊下に出て声の主を探す。
  「○○さーん、一人で出来ます〜?」
 準備室から出てきた顔は・・・・・ワ!点滴間違えたA看護婦・・・( ̄_ ̄|||) どよ〜ん
  「あ、あのー・・・初めてで、どうやったらいいのかわからないんですけど・・・」
  「そうですか、私でよければやりましょうか」
 又失敗されたら・・・・・そう思ったものの、ここはやはり看護婦さん。素人じゃないから・・・。
  「はい、いいんですか?どうやって手伝ってくれるんですか?」
 こうなったら藁にもすがりたい気持。。
 A看護婦の手には 太くて長い注射器の筒のようなものに白く濁った液体を吸い込ませ
 その先に滑りやすくする?ワセリン?のような物をたっぷり付けトイレまで同行・・。

  「下着下ろして、ここに掴まって、お尻突き出してください」
 お・・・お尻を・・・・。
  「こ・・・こうですか?・・・」
  「もっとです・・・・・これぐらい」
 そう言って私の腰をグイッと引き、覗きこんでいる。 おもわず引いてしまったお尻を又引くAさん・・。
  「動かないで下さいね。 いきますよ・・・」
 と言われても・・・・・・・・おお・・・・・奇妙な感覚で何かが入っていく・・・・・ムニュゥ〜〜〜とした液体が
 奥深く注入されて行く・・・・・下腹が張ったような感じがしてきた・・・。
  「はい、このまま5〜10分ほど我慢していてください。それから出してくださいね」
 
 又密室に閉じ込められ一人で空になっていた。今された事を思い出しながらおなかの具合を・・・
 ・・・お・・・・お腹が・・・5分?・・・そんなに・・・もちそうも・・・な・・・・・ないぞ・・・・・。

 うっ・・・ううぅ・・・・・うをおぉぉーーーーー・・・・ぅ!・・・・・・・・・・・・・ぅぉ!・・・・・・ぉ?・・・・・・・・・・・・??・・・。

 ち・・・違う・・・考えていた予想と違う・・・・・。そんなバカな・・・・・で・・・出ないなんて・・・・・。
 汚い話しで申し訳ないですが、今後の何かのお役に立てばと書かせていただきます。
 出口まで来てるんです。触るとカチンカチンの物がある事わかるんです。 でも出ないんです。
 なんと、その物の隙間をぬって 薬が勢いよく流れ出てしまって肝心な物は残ってるんです・・。
 
 例え病院内とは言え 恥も外聞も捨てて表現し難い苦しみの声をうめきながら40分間・・・。
 横や縦に張り巡らされたステンレスの手すりを握り締め、顎から汗がポタポタ流れ落ち、
 それが床にテンテンと 跡を残すその現状・・・・・。
 肺炎の息苦しさ以上の孤独な戦い・・・。 
 やっと、やっと栓が抜けた時はもうへとへと・・・。 ふんばる気力もないまま、残りは次に回そうと壁を伝いなが廊下へ出た時 
 そこで心配げにたたずむお見舞い客が 
  「凄い唸り声がしてるから、看護婦さん呼んだけど・・・いいって言われたから・・・」
 うなずくだけで声も出ない私を支えながら病室へ。。 
2/17
 10日間の入院で CRP2,17 退院OK 家でしばらく安静に・・・。
 喜び勇んで我が家へ帰り、最初にした事はトイレに直行。         スッキリしたぁ〜〜。。。

 しかし・・・・・その3日後。  神は再び 私に試練をお与えになった。。。  

                                                     
             
 
交通事故記 

1999.2.21(日)14:00
 ○市○区住宅街 ○○中学校前 交通事故 脊髄損傷。
 意識不明のまま救急車で救急指定病院へ、気が付いたのは午後8時半ごろ。何が何だか解らず、ただ頭が痛く左手がしびれて動かない。
2/22(月)
 救急病院では脳神経の治療が出来ないため転院を考える。
2/23(火)
 ○○保健衛生大学 脳神経外科へ転院,K先生に始めて診て頂く。
 その足でICUへ 至れり尽せりの治療。
 飲み薬として、ガスター錠・ガストローム・メチコバール錠・ダーゼン錠
 そして点滴・・・24時間体制で見守られている。
 意識はハッキリしているので物珍しく周りをキョロキョロ。
2/24(水)
 大部屋へ・・・
・ MRI検査・・・左手の痺れの原因は?
・ 脊髄損傷・・・上から5番と6番
2/26(金)14:00
 いろいろ検査が始まった。腰に麻酔をする針がやけに痛い 3本ぐらいかなズキッとする感じで刺されていく・・・
 左を下にして背を丸めてじっとしている・・・その後造影剤を注入していく・・・
 途中で先生の小さな声 「アレ…」少し間があり 「もう一回入れて…」と言う声。 
 見えないから何をやってるのか解らないしドキドキ  痛みはさほど感じられなかった。

 30分ほどあっち向いたりこっち向いたり 腰持ってグラグラ揺すられたり”何するのー”って感じ。 
 そしてまたベットのまま病室へ帰りしばらく安静 その後またベットのまま館内を通りエレベーターに乗せられてCT検査へ・・・
 いろんな体験を一度にしてるから訳がわからない・・・。
16:00
 水分いっぱいとって造影剤を尿と一緒に流し出すようにとの事ガンバ!

 
 その後の検査はしばらくなくて 退屈であろう入院生活をどのくらい過ごすのか・・…退屈だけで過ごしてしまう私ではない… 
 と考える間もなく 来るは来るは見舞い客。仕事関係・学校関係・多くの友達が次々と・・・。 
 でも、私の顔を見たとたん皆黙り込んでしまうほど私の顔はエイリアンである。 泣き出してしまう人もいるほど・・・。
 運転していた私はぶつけられたショックで意識を失い アクセル踏んだまま電柱に突っ込み倒して止まった。
 グロリアは大破してしまった。
 私はフロントガラスまで跳び席へ戻ったようだ。 その時フロントガラスに前頭部を強く打ち おでこが膨れ上がり両瞼は赤紫色に染まり、まるでアイシャドウをたっぷり付けてる感じである。
 そんな私を見ながら次々と来て下さる知人にありがたいやら心配かけて申し訳ないやら・・・沢山の友人を持ってとても幸せである。

 幸せと言えば先生方で その出会いがとても嬉しく幸せでした。入院して良かったと思えるほど…。
 さて最初に診て頂いたK先生,真面目一筋めったに笑顔を見せない、かといって怖いイメージはない。
 一生懸命説明して下さるしなんとなくシャイな感じ。 その上にいらっしゃるS助教授、この先生がスゴイ! 
 背が高くてガッチリしてて貫禄十分、手術の説明を受けてる時の目は鋭く光りじっと見ていると吸い込まれそうな迫力である。 
 でも普段はとても優しい目で患者さんとお話して親しみを持てるほどの先生である。
3/2(火)21:45
 手術の日も3月12日(金)と決まり、その前におでこに溜まってる血を抜くということで消灯後K先生と看護婦さんがみえてカーテンを閉めた。
 私「こ…ここでやるんですか!」
 先「そう…横になってください、お風呂入ったね、頭洗ったね…」
 私「ハイ…洗いました…」
 先「イソジン…もう一回イソジン」
    おでこを念入りに消毒…
 先「針刺すとき痛いけど…目を閉じててね…」
    看護婦さんが両手で私の両手を握る…
    その手を私から握り直して力を込め…針を見てしまった!
 私「そ…そんなー痛そう…」
    太目の針の後ろからチューブが続いてて注射器につながっている。
 先「ハイ動かないで・・…チクッとします…」
    病室の仲間達が息を飲んで様子を想像しつつ私と同じように力が入ってる感じが伝わってくる。
 私「ヴゥ〜オゥ〜〜〜痛い〜〜そんなに押さえないで〜〜ヴェ〜〜」
 先「う〜〜んあんまり出てこないなードロドロになってる…」
    しばらく続いている…・・
 先「まだ少し残ってるけど…」
 私「どうするんですか?」
 先「様子見てまた取るかもしれないなー」
 私「エーまたやるんですかー」
    おでこにガーゼ張って
 看「痛かったら呼んでください」
 私「今痛い…」


  さて、手術が行われる12日までの間 周りではいろんな事が有った。
 同室の人達の出来事、8人部屋なのでさまざまな症状の方がみえる。
 ヘルニア・三叉神経・脳腫瘍・脊髄…始めは物凄い病気の人がいると驚いたりしゃべりかけられなかったり…でも話を聞いてみると全員直って退院して行かれる。知らない私はビックリである。 
 それでも術後はかなり苦しんでいる人もいて、熱が出たり吐いたり辛い2〜3日が続く…そんな時元気な人達は 口数少なくしたり身の回りのお手伝いしたり世話したり…。412号室の仲間達は団結してます。
 楽しい事もいっぱい有りました 知りたいですか?もう少し後で教えてあげましょう。

3/8(月)
  毎週月曜日は体重測定の日<40kg>入院前から比べると3.5kgの減
 つまり筋肉が落ちてしまったということ。ダンスやプールで鍛えられた筋肉や筋力があっという間に衰えてしまった…。しょうがないね…ほとんど動いてないもんね。首には安全のためにカラーが巻いてあるし真下が見えないので階段も禁止だし…。
 4時過ぎダンスのメンバーが見舞に来てくれた。懐かしい顔ぶれ、私がいない間今までの復習したりチェックしあったりスタジオ閉めることなく私の帰りを待っててくれて本当に素敵な仲間であり生徒であり友人達である。
 楽しくおしゃべりしているとそこへ息子の学校の先生や一緒に役員をしているお母さんたちが来てくれてダンスメンバーと交代、出席予定の卒業式に出られなかったため子供のスナップ写真などわざわざ持ってきてくださった。
 嬉しくてちょっぴりホロリ…後には花篭やお菓子の山、部屋の仲間や個室の知り合いに配って歩いて喜ばれ、おやつに事欠きません。
 夕食は6時、今夜はご飯と茶碗蒸・むつの焼き魚・切干大根…病院で茶碗蒸が出るとは思わなかった。 
 感心しますここの食事、家だってこれほど種類多くのメニュー作らないのに、これは何?と言うものも沢山出たりして楽しみになってきます。
 味付けはやはり薄味・・・そこのところがチョットと思うけど・・・栄養バランス最高! 私の体に合っている。
 というのはね私・・・大きな声では言えないけど・・・。

 <痔>持ちなのね…10年ほど大切に持ってるのね、もうお友達のようなもの。
 それがね入院して一週間ほどしたらなんだか調子がいいの…痔の人には解ってもらえると思うけど、ナニした後 見事に飛び出して出血もするしヒリヒリするし その後の処置も痛いの我慢して内に入れたりするじゃない。
 それがね…それがよ…出てこないのよ…わかる?きれいに納まってるのよ!
 便秘が治ったのかって?違うの、毎日出てたけど形がなかったの今までは・・
 その形と云うのがここんとこずっとあるの!「へ〜〜うんちってこういう形なのね」ってまじまじ眺めるほど。 
 つまり規則正しい生活と食事と体を休める事と全部ここにある訳。
 このまま治ってほしいな…変な話でゴメンナサイ・・・。


3/10(水)
  手術2日前主人と一緒にS先生から手術の説明。
 MRIで見た脊髄がかなりの損傷、もう一度ショックを与えたりすれば全身麻痺・・・手術は絶対必要である・・・。
 首の左前を切り開き、椎間板を取り除いた後

 @ 何もいれない
 A 自分の腸骨(腰の骨)を削って入れる
 B なくなった人の骨を入れる(ボーンバンク)
 C セラミックを入れる
  この四つの内どの方法を使うか・・・

 @の何も入れない方法はアメリカではよく使われる方法だが、これはグラグラしやすく危険
 Aの自分の骨を取るのは後の傷跡が痛い
 Bの亡くなった人の骨の場合、どう云う理由でなくなったか解らないし病気を持っている場合がある
  そうすると一番ここで使われている方法はCのセラミック、これが一番安全である。  
 しかしそのサイズが12mmと14mmしかなく、もしも私に合わなければAの方法を使うこともあるとの事・・・。
 手術後寝たきりで一週間絶対首を動かしてはいけない、しばらく流動食、少しずつ上半身を上げていって馴らしていく。
 カラーは3ヶ月つけたままで生活。
  朝一の手術で9時から、全て終わって部屋に戻るのが午後2時ごろ・・・。
 頭がボ〜〜っとしてきた。S先生の真剣な眼差しと説得力ある口調、私を助けてくださる方なんだと思うと全てを捧げるから、
 どうぞなんでも言って 怖がらないから、なんでもやって お任せするから・・・っていう感じで私も先生を見つめている。
  
 先生が言われた…
  「今まで数多くこの手術をしてきました。 99%成功します・・・しかし・・・私は神様では有りません、わかりますね・・・。
 でも・・・今まで失敗した事はないので大丈夫ですよ!」

 う〜〜ん、ドラマを見ているようだ・・・私はヒロインだ。  何故かワクワクしてきた。

3/11(木)6:00
 目が覚めても体が寝てる…まどろみながら6:30起床。
7:10
 S先生の早々の回診、明日の手術を励まされニコニコ。
7:30
 朝食、食パン・フルーツヨーグルト・ウィンナー・ヤクルト
 昨日言われた事、今日の食事は腹八分目…腸にあまり溜めないように…そうでないと術後が苦しい。
9:30
 Nさんから戴いた苺大福、今のうちなら消化もするとおいしくいただきました。
11:30
 お風呂の時間、しばらくは入れないと思うと念入りに洗い、特に切開する首筋をいとおしく思いながら手でなでてみる・・・。
16:00
 手術準備で採血したり術後の点滴の抗生物質が私に合うかどうかの3本の注射や、喉や胸周りの産毛剃りや・・・。
19:20
 S先生とK先生、私の全身の骨や関節の状態を調べにみえた。
 ベッドの前に立ちまっすぐ歩いたり片足立ち・かかと立ち・膝の動きや手の動き・・・K先生相手に各部の力比べ、
 ベットにねっころがって足がどこまで上がるかとか背筋とか・・・5・・・4・・・軽から中の間・・・ホフマン・・・先生同士の会話が続く
 自分では感じないが右足に少し異常が有るような無いような・・・
  「痺れは無い?…辛いときは無い?」 など聞かれたけど今のところ足には不自由無い。 
 膝を叩くとあまりの反応のよさに首を傾げるので聞いてみたら脊髄の異常から反応が効き過ぎるとの事・・・
 からだの柔らかさや足が鍛えられていることは流石といわれた。 
 ともあれ、いろいろ調べて・・・明日を待つ・・・。

3/12(金)
  寝ては覚め覚めては寝ての一夜から朝陽をまぶしく感じているとき
 「浣腸しますよー」 っと看護婦さんの声。いよいよだ!
 8時半ごろ点滴始まって何も身につけず布団だけ、部屋の仲間や別室の知人に見送られ、主人と息子はベットの後ろをついて3階手術室前まで見送り。

 待合室のようなところで看護婦さんと冗談言いながら準備を待つ、そしてオペ室の看護婦さんへ私の引渡し。
 横長の窓のような入り口から左肩を上げ そこへ冷たい板のようなものが刺しこまれベルトコンベアーのように体全体が乗せられる。 
 冷たかった板がだんだん温まってきた。聞くと 体が触っているところから自然に温まるそうだ、すごい! 
 中へ入ったところで前の看護婦さんとバイバーイ。ベルトコンベアーから他のベットへ移動、私が一番のオペなので朝の準備も忙しい。
 しばらくしてガラガラと又奥へ運ばれ、目の上に現れたのは例のテレビに出てくるような丸い大きな電球が10ケづつ付いたのが2機、あのオペルーム。
 私の気持としてはドキドキと言うよりこの部屋の雰囲気や人の動き、そして聞き覚えの有る曲<トップ・ガン>が流れ、それぞれの会話をワクワクしながら楽しんでる感じ。  
 だって・・・普通では体験できない事なのに、凄い事自分がするんだぞ!って思うとドキドキよりワクワク!!

 S先生の姿が見えない・・・別の部屋で準備中かな・・・
 見知らぬ先生と看護婦さんが私のオペについて話をしてる・・・
  先「前?・・・後ろかなー」
  看「えーと、後ろですねー」
  先「エ、前じゃなくて・・・後ろ?」
  看「ハイ、後ろって書いてあります」
  先「じゃーひっくり返さなきゃ」
・・・・・・・・ オ〜〜イ話しが違うよ〜〜、私は前からと聞いてるよー・・・・・・・・
 私はビックリしてすぐ言った 「前からの手術と説明されてます」って。
  先「エ!ほんと?・・・ここには後ろって書いてあるナー・・・S先生に聞いてからにしましょう」
  看「そうですね・・・S先生を待ちましょう」

 そしてしばらくの間、目をキョロキョロして様子をうかがっていると、待ちかねた、あの優しさと貫禄のS先生の声
 スタッフと力強く挨拶した後、私の手を握ってくださり
  「さあ、○○さん、頑張ろうね!」
  「ハイ・・・よろしくお願いします!」
 先生や看護婦さん達へオペのための会話が始まり、9:15 S先生がオペのための帽子をかぶりマスクの準備。
 私をオペのベットに移すため先生やスタッフ4〜5人で持ち上げて 「軽いナー」ってS先生の声。
 すごく大きな顕微鏡が天井から下げられ私の顔の前で調節したり戻したり。
 時々S先生が英語で会話している。海外から勉強に来ている医師達に内容を説明しているのだ・・・ますます尊敬してしまいます。
 体に何やらペタペタ貼りつけて、血圧も一分おきぐらいに測られ、その度に右の腕がプクーっと膨れて圧迫される。 
 頭の左後ろの方で私の心臓音であろうピッピッという音が続き計器を見ながら何かメモっている。
  「これから麻酔しますねー、注射するからチクッとするよー」
 マスクが口にあてられた。
  「心配無いからね、ゆっくり吸い込んでねえ・・・きいてくるよー・・・」
 私は天井を見ていた・・・先生たちが私の顔を覗いてる・・・
 "ア〜効いてくるんだな〜"っと思っていたら見えてるものがだんだん遠くになり皆の声が遠くの方で聞こえ、自分は後ろへ吸い込まれて行く・・・
 "遠くになっていく・・・"って右手を上げようかと思ったら真っ暗になってしまった・・・・・・・。


  「○○さん・・・○○さん・・・わかりますか・・・」
  「・・・ハイ・・・わかります・・・」
  「手術終わったからねー」
 誰だかわからないけど看護婦さんの声
  「気管支取るから苦しいけど頑張って」
 それを口から抜いて行くのがムチャクチャ苦しかった
  「つばも出しちゃってよー」
 バキュームで吸い取られていく
  「この顔、どうしよう・・・このままじゃねえ・・・どうする?」
  「うーんベンジンで拭いちゃおか」
  「ベンジン?・・・いいか・・・しょうがないね」
  「拭いちゃえ拭いちゃえ」
 私のほっぺたや口の周りが拭かれている
 まだ意識がハッキリしていないとき、看護婦さんが
  「○○さん、良かったね気分はどう?」
 言葉が上手く出なくて、どう気分を表そうかと考えながら
 布団の隙間から右手を上げて V サイン
  「わぁピースやってる!いいなー」
 後からわかったけど、主人もそれを見ていたらしく
  「手術終わってすぐ V サイン出したのおまえぐらいなもんだぞ」
 って言われちゃった。ふふふ・・・。


 傷口が痛い・・・ズキズキする・・・座薬を入れてくれる・・・でも痛い・・・。
 その夜主人も付き添いで泊まった。
 1〜2時間おきに看護婦さんが入ってくる、個室403a ベットに真直ぐ寝かされ酸素マスクをして顔の両脇に5kgづつの砂袋。
 体のあちこちからチューブが出ている。
 点滴の点検や交換・熱・血圧・様子・それだけでも目が覚める。
 主人も一緒に起きて腰や肩に枕をかませてくれたり・・・背中をさすったりしてくれる・・・足はなんとか自由に動く・・・首が痛い・・・。
3/13(土)
 あっという間に朝、眠った記憶がない。
 昨日の夕食は流動食で<コーンスープ・片栗・オレンジジュース・ジョア>
 主人考えた挙句ストローで食事、大成功。
 朝食は・・・<おもゆ・吸い物・レタスサラダ・バナナ>・・・ストローでは無理。
 スプーンでOK!・・・でもカラーの顎止めで固定されて口が大きく開かないので時間がかかる。 
 その後主人は一度帰宅、私一人になった。
 鏡を使って部屋中見渡したり自分の顔を見てビックリ、かなりむくんでいる。
 右の脇に何やら太いチューブ。 手に持ってそっと見ると喉のあたりから続いてて血が流れている。
 手術で流れ出た皮下の血を流し出しているらしい。

 処置回診でK先生が喉から出ているチューブをとるとの事・・・。
  先「もうあまり血も出てないので、抜いてから縫うからね」
  私「はい・・・」
 と言ったものの・・・縫う?・・・ここで・・・!?
  先「ちょっと痛いけど頑張ってね」
 チューブをゆっくり引っ張り出した
  私「ウゲ〜〜」
 抜き取るときブチュブチュって音がした。ストローの太さのチューブ。
 イソジンつけたらシミル〜〜〜、目を開けたら黒っぽい糸を針に通しているところ。  麻酔は・・・なし!!
  先「チクッとするよーがまんねー」
 両手に拳を作った、ググッと針が入り糸を引っ張る。チカチカする。
  私「ア゙〜〜ア゙〜〜」
 又針が刺さり糸を引く・・・全身に汗がにじみ出る、足を組みなおす
 K先生無言で事を進める・・・私だけ・・・「ウガ〜〜〜」
  先「良し!・・・これでいい」
 イソジンを押すように付ける。
  私「い!いたい〜〜!」
 ガーゼをのせテーピング、それも押さえつけるように・・・。
 "○○〜〜もっと優しくあつかえー"ってわめきたかった。
 おでこの血抜きの事思い出した。 
 あの時の痛さも有ったので手術中麻酔の効いてる間に抜いてねってお願いしたの。
 だから今はもう元通り おでこはぺったんこです。

 その後痛みに耐えボーっとしていたらS先生が覗きに来てくださった。
 優しい顔で手を握ってくださったり声をかけて下さったり・・・ありがとう・・・。
 各部屋の患者さん皆さんにそうなんだろうけど、その時だけは私の先生!って感じで・・・部屋を出て行かれると淋しくて心細くなる・・・。
3/14(日)
 ベットの背もたれを少しずつ上げても良いということで、大分動きも楽になってきた。食事を手伝ってくれる主人の手つきも慣れてきて、量は少なめだけどおいしく戴けます。
  「これなら監護士になれるな」 なんて冗談聞きながら楽しい一時。
 外はもう春、とても良い天気…桜の開花も近いようだ。今日一日主人に甘えて、明日から仕事だし一人で頑張らなくちゃ。
3/15(月)
 手術のキズそのものは痛みも遠ざかり、お尻や背中の方が痛い。それと首のカラーが肩や鎖骨に食い込み、ガーゼを当ててもらったりしているけどそれでも痛い。  
 夜の回診で足の動きや手の動きやら見て、時々首を傾げたり
 S先生とK先生の微妙な会話・・・。
3/16(火)
 朝、S先生がかなりベットの背を上げてくださった。
そして座る練習しても良し、車椅子でトイレもOKとの事。早い回復である。
 部屋でレントゲン移動機?の撮影も行われ、なんとその午後元の大部屋に移る事に成った。
 懐かしい顔や新しい顔、すぐ打ち解けて話が弾む。
3/17(水)
 私の希望で車椅子から歩行機に変えてもらって、ゆっくりながらも移動が楽になって気分が良い。足はフワフワして変な感じだけど車椅子よりは良い。
3/20(土)
 そろそろ歩行機にも飽きてきた。足もかなり踏ん張れるようになった。
 先生のお許しが出ないまま一人で歩いてみた。 調子いいよ、もう一人で歩く事に決めた。 
 夕方ナースステーション前でS先生が私を見て
  「オ!もう一人で歩いてますね、大丈夫?」
  「ハイ、大丈夫です!」 と私・・・これでOK。
3/21(日)
 事故から一ヶ月経ちました。入院生活にも慣れて、今までの生活では体験できなかった事も沢山あり・・・痛いめもしたけどプラスに成る事の方が多かったように思う。
 まず読書、家ではあまり読む暇がない・・・紹介しましょう。

 1・第120回直木賞受賞作「理由」 宮部 みゆき
 2・「五体不満足」 乙武 洋匡
 3・自己回復の書・中国の思想「荘子」
 4・「鉄道員ぽっぽや」 浅田 次郎 
 5・「レディ・ジョーカー」上・下 高村 薫

 私の読む本が変わるたびに回診でまわって見える先生方も手にとって話題にもなり、又自分が成長できる時間でもある。

 そして出会い、412号室の人達である。実にユニークな人の集まりである。
 途中入退院はあるものの、私達のペースにはめてしまうのである。
 中学一年生から70過ぎのおばあちゃんまで、リーダーは誰と言う事はなく同じ退屈な時間をいかに楽しく生活するかと思うのは誰でも同じ。
 朝食後のコーヒータイム、昼食前の散歩、ゾロゾロ8人が廊下を歩いて隣の棟まで行ったり来たり3時のおやつは皆でお菓子をだしあってパーティー。
 夕食前に差入れのお寿司を食べ過ぎて病院食が食べられなかったり、
 誰かが「たこ焼きたべたい」と言えば知り合いに電話して買ってきてもらったり、
 お見舞い客に「今度来るときはケーキネ」と言えばちゃんと買ってきてくれる。

 毎日が楽しかった。看護婦さんたちも「この部屋は楽しくて来るのが苦にならない」って言ってくれるし、
 ある若い先生は必ず仕事意外の話しで笑わせてくれたり遊んでいく、嘘みたいだけどホントだよ。
 本を読んだり友達作ったり・・・しかし、この病院でしか体験できない事・・
 それはね、教授回診・助教授回診というテレビでしか見たことないもの。

 Ka教授を先頭にSa助教授・Syo助教授・Ka講師・Ki講師・Ku先生・Ya先生・O先生・・・
  (TVでも新聞でも有名だからホントは名前出したいけど・・・)
 他脳神経外科における脳腫瘍・脊髄・三叉・顔面ケイレン・マヒ・植物症…etc。
 それぞれの分野で世界の医療に携わる先生方を先頭に、その他の先生や海外留学生の方達を後ろに連ねて、凄い迫力で入ってらっしゃる。
 患者一人一人の前に立ち、説明を受けてじっと顔を見て微笑んでいらっしゃる。
 でも、その優しい瞳の奥に鋭い観察と経過を見守る目を窺い知る事が出きる。
 総勢17〜8人が部屋から部屋へ移動する…凄くかっこいいよ!!

 さて、術後10日を過ぎれば抜糸になる。私も23日(火)O先生の手で全抜糸が行われた。
 痛いんじゃないかと構えていたら先生のやさしい声
  「大丈夫ですよーそんなに怖いですかー、痛いなんて誰が言ったんですか?少しチクットするぐらいかなー」って・・・。
 ホント痛くない、髪の毛引っ張られてる程の感覚だった。そして、ベットに落ちていた抜糸の糸・・・そっと包んで持ってます。

 数多くの人に助けられ見守られ、素晴らしい出会いと発見があり、順調に回復して行く今、退院の日取りも決まり桜の花も満開となりました。
 毎日つけてる日記も大学ノート100ページを越え、それを見てこの手記を薦めて院内新聞に載せてくださったKa講師、
 教授回診などでいつも後方で微笑んだり真剣な眼差しで患者を見つめ外人さんに通訳されている。
 スマートで顔が小さくて美人で魅力いっぱいの先生、女性として憧れの女医先生である。

 廊下でお会いすると必ずにっこり笑ってお話してくださるSa助教授
 私のような一患者に大先生が良くそんな事まで話して下さると言うようなお話も出来て恐縮するやら嬉しいやら。

 Ku先生、真面目一筋でめったに笑わなかったのに、だんだん私のペースにはまってきましたね。 
 良い事です、先生の笑った顔可愛いですよ。先生をいかに笑わすか、部屋の人達から期待されてたんですからね。

 Ya先生、いつも楽しく面白いお話をありがとう。Ya先生が部屋に入っていらっしゃるとパーっと明るくなる。
 <点滴の名人>と呼ばれ御指名がかかるほど、でも静岡へ転勤で4月からいらっしゃらない。
 あちらでも患者さんの人気の的ですね。

 そして・・・Syo助教授・・・心に残る最高の先生。医師としても人間性としても素晴らしい方です。
 先生の大きくて暖かい手、一生忘れません。

 もっともっと書きたい事がある。もっともっと伝えたい事がある。
 この脳神経外科だけではないドラマも沢山あるであろう。
 日本国中から、又各国から○○保健衛生大学の素晴らしさを知って集まってくる。
 
 誇り高き白亜の塔。 忘れませんいつまでも。
 
 ありがとうございました 本当にありがとうございました。

 

                                 完


 2000.10.24(火)現在
  薬と月に一回の外来が続いています。  
  外見は元気そのもので、何処が悪いの?って聞かれるぐらいなんです(苦笑)
  実際は、左手が全体に重く、特に人差し指が強く痺れて思うように動きません。
  生活には大きな不自由はないのですが、首に力が入りにくく、リハビリとして今スポーツクラブで徐々に鍛えています。
  18年間続けて来た大好きな仕事もドクターストップで落ち込んでいたのですが、そのおかげでPCを覚え
  このようにはまり込んでしまいました。

  ツラツラと書き綴った出来事いろいろ。
  最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
  それぞれの人生の道程 何が起こるか、何が沸いて来るか、いい事悪い事いろいろありますね・・。


  何があっても、タダでは起きない プラス思考で前進あるのみ。
  今後とも末永くお付き合い下さいませ。。。
                                                    。。。マリヤン。。。 

日帰り手術記 2003年10月10日(金)

 時は流れ交通事故から4年と8ヶ月。 左腕の後遺症を抱えたまま見た目にはとても元気で健康そのもの。
それが・・・又病院のお世話になるような出来事が起ころうとは・・・思いもかけず?いや・・・いずれは・・・と覚悟も少々。
 自分ではどうしようもなく、薬局で勧められた薬をずっと愛用していたが、それもままならず・・・。
ふっと友人に漏らしたことからとてもいい病院があると勧められ。。。
 普通なら2週間の入院を日帰りもしくは一泊でOKと! その気になったら早い方がいいということで、月曜日に診察に行ったら「これは早く取ってしまった方がいい」と言う決断でその週の金曜日に決定!
 
 その日は自分で運転は禁止され、友人のMちゃんに送り迎えを引き受けてもらっていざ・・。
受付済ませると即個室に案内され持参したパジャマに着替えて待機。
午前中に開始かと思ったら、隣の部屋の30代ぐらいの男性が先に手術になり、待たされること1時間少々・・・。
その間、TV見たり携帯メールで気を紛らかしたり・・・。不安20%興味80%(笑)

                

                     

6畳ほどの部屋に椅子と簡易テーブルとハンガー・・・殺風景な部屋で一人。。。

 あっという間に1時間経って看護婦さんに呼ばれトイレに入ってから案内された違うドアー。あれ?診察室と同じだわ? 
同じ部屋の同じベットで手術?やっぱりそう・・・ここでいいの?簡単なのね(^_^;)
 先生や看護婦さんたちが例の手術用手袋をはめながら和やかに会話している。手袋の手で誘導され、その同じベットに仰向けに寝かされて、血液取られた後血管注射?「家は何処?誰かに送ってもらった?夕べ寝れた?お酒は飲むの?強い?」なんて普通に会話してたら意識が薄れてきた。
 「あ・なんか意識が・・・」って言ったら笑い声が聞こえた。完全に麻酔がかかってるわけではなく、何かやってるな〜って感じ。



 「はい、終りましたよ〜。部屋へ帰りますからゆっくり歩いてね〜」と言われ、ウツラウツラと目を覚まして起き上がると
「ほら!これよ〜」と言って見せてくれた【取ったモノ】
「わ!これ写真に撮りたい〜」って言ったら笑われて「今まだフラフラしてるからあとから持っていってあげるわ♪」と。
 頭がボ〜としながらゆっくり歩いてベットへ。しばらく寝ててと言われて。。。寝不足もありぐっすり眠れた〜〜♪
時々看護婦さんが来てくれて「よく麻酔が効いてるね〜。まだ覚めない?」って。
毎晩寝不足ですとは言えず(笑) 又寝た(爆) 

 5時に夕飯が運ばれてきて、その頃から意識もはっきりしてきて”そうだ!写真♪”お弁当の写真や部屋の様子を撮って〜(笑)

  

御飯・おから・えびシュウマイ揚げ・インゲンの天ぷら・椎茸の甘煮・ワラビの煮物・温野菜・漬物
起き上がっちゃ駄目って言われて、ベットで横になりながら食べてたの。味はあるのかないのかわかんないぐらい薄味。



でも朝も少しだったし、お昼も食べてなかったからこれだけ食べれた〜(笑)

 夕食後もう一度診察。その時「はいプレゼント」といって渡してくれたもの。可愛い袋にリボンまで付けてその中に【取ったモノ】が入ってた〜〜♪持って帰って来た(^^ゞ写真にも撮った(爆)

見る?(笑)



気持ち悪い?からぼかしました(^_^;) 親指ひと関節程のモノ・・・ まだ捨ててない(爆)

 6時過ぎに又Mちゃんが迎えに来てくれて、優しく気遣われながら無事我が家へ到着。Mちゃん感謝〜〜♪
一旦PC開いて報告・・・と思ったものの、目がチカチカして頭に雲がかかったようなハッキリしない様子。これは無理しちゃいけないと思ってすぐ着替えて横になった。。 
 その日はお風呂も中止。9時ごろ顔洗って歯を磨いて・・・。立っていたらズキズキ痛み出してきて、10時頃はじっとしてるのも辛くて痛み止めの薬を飲み、静かに横になっていた。。。 睡眠薬も入ってるらしくそのままバタンキュ。

11日(土)
 それでも次の朝は7時半起き。まだパジャマでウロウロしてるとき大工さんが!例のキッチン水漏れのため床を切り落としたので、そのお詫びに床下収納庫を取り付けに来た。しょうがないからパジャマのまま対応。10時頃工事を任せて病院へ。

 ジワ〜と痛いけど、我慢できないほどではないから運転できたわ。昨日の今日だから少々の出血と粘液。消毒と薬付けてOK。
来週2〜3回いらっしゃいと言われた。そこで改めて聞き返した。
「先生。これってレーザー手術ですか?」
「いや違うよ。普通に切って摘んで縛ってあるの」
「摘んでって・・・糸は?」
「縫ってないから抜糸はなし。その代わり縛ったところが壊死して自然に落ちてくるから驚かないように」
「落ちてくる〜〜!?痛そう・・・」
「いや、それは痛くない。完治までには2週間かかるけど。生活は普通でいいよ」
「仕事もいいですか?」
「いいよ。どんな仕事?」
「パソコン関係です。座りっぱなしや立ちっぱなしがあるんですが」
「うん。適当に休みながらね」

(ここで、アレもいい?って聞きたかったけど、聞けなかった〜〜〜((((爆)))))

「先生♪」
「ん?」
「記念に。。。お写真撮ってもいいでしょうか?」
「僕と〜?」
「はい♪」
「恥ずかしいよ〜〜〜」と言って一旦立ち上がる。
看護婦さんが「私がツーショット撮ってあげる〜♪」と言って先生を座らせ
「こんな感じ?」と先生もその気に!
「だったら手術場面も撮ればよかったな〜」って先生が言われた〜〜♪
マジで・・・駄目元で頼めばよかった(>_<)

はい・・・先生とのツーショット♪



HPで紹介します〜ってお伝えしたわ♪
HPは教えてないけど・・・(爆)

先生も優しいし、何人もいる看護婦さんもみんな親切で感じがよくて、お勧めです(笑)



しばらく通院ですが、2週間後には完治するそうです♪

皆様にはいろいろご心配いただき、暖かく見守ってくださり本当に感謝いたします。
今後ともハラハラ・ドキドキさせるマリヤンですが・・・
これまで以上に暖かく。。。(笑)
よろしくお付き合い下さいませ。。。

ありがとうございました(-^ー^-)♪

2003.10.12(日) 記             。。。マリヤン。。。
                                                                                                                                                                                            
 

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